以下のコード化・カテゴリー化専門サイトで、ナラティブインタビューの難しさをお伝えしている。
ナラティブインタビューは「自由に語ってもらう」だけでいいのか
ここでは、看護研究の領域に特化して、患者家族へのナラティブインタビューにおいて、インタビュー本番の前に研究者が準備しておくべきことを整理する。
看護研究のナラティブインタビューでは「自由に語ってもらう」ことが理想とされています。しかし、対象者が患者家族である場合、この「自由に語る」ことのハードルは想像以上に高いものです。
患者本人ではなく、その家族にインタビューを行うケースは看護研究では少なくありません。終末期ケア、在宅介護、退院支援など、家族の経験や思いを明らかにしたい研究テーマは数多くあります。
患者家族が「語りにくい」理由
患者家族特有の難しさとして、まず語る立場の曖昧さがあります。
患者本人であれば「自分の体験」という語りの軸がはっきりしています。しかし家族の場合、「自分自身のつらさ」と「患者を見ていた体験」が入り混じり、何を軸に話せばよいのか、本人の中でも整理がついていないことが多いのです。
「自由にお話しください」と言われても、どこから話していいか分からない。これは話し方の巧拙の問題ではなく、体験そのものが複雑に絡み合っているから起きることです。
さらに、患者家族には「自分がつらいと言ってはいけない」という遠慮が根深くあります。「患者本人のほうがずっと大変なのだから」「自分は支える側だから」という思いから、日常の中で自分の感情を言語化する機会がほとんどないまま、インタビューの場に来るケースが少なくありません。
この遠慮は、インタビューにおけるバイアスの一種とも言えます。対象者自身の語りにフィルターがかかっている状態です。
質的研究(看護の領域)のインタビューにおけるバイアス
インタビュー前の準備が語りの質を左右する
こうした患者家族の特性を考えると、インタビュー本番での対応だけでは不十分です。「語ってもらう」ための条件づくりは、事前の準備段階から始まっています。
以下に、患者家族を対象としたナラティブインタビューで特に重要な準備事項を挙げます。
語りの入口を事前に設計しておく
患者家族に対して「自由にお話しください」とだけ伝えるのは、親切なようで実は不親切です。語りの軸が定まりにくい対象者だからこそ、時間軸の起点だけ示しておくことが有効です。
たとえば「ご家族が入院されたときのことから、お話しいただけますか」のように、語り始めのきっかけを具体的に設定する。これは語る内容を制限するものではなく、「ここから始めていいんだ」という安心感を与えるものです。
この起点をどこに置くかは、対象者の属性(配偶者か、子どもか、親か)や研究テーマとの関係によって異なります。事前に得られる情報をもとに、あらかじめ複数の起点案を用意しておくとよいでしょう。
インタビューの入口設計については、インタビューガイド作成の考え方にも通じるところがあります。
看護研究 インタビューガイド 作り方「土台作り」
家族内の立場による語りの違いを想定する
同じ「患者家族」でも、配偶者と成人した子どもとでは、体験の語られ方がまったく異なります。
配偶者であれば、生活全体が変わった体験が語りの中心になりやすく、成人した子どもであれば、「親の老い」や「親子関係の変化」という別の物語を持っていることが多い。嫁・婿の立場であれば、家族の中での自分の位置づけに対する葛藤が語られることもあります。
対象者がどの立場の家族なのかによって、語りの入口の設定も、想定される感情の揺れも変わります。これを事前に把握し、準備に反映させることが大切です。
感情的な揺れへの備え
患者家族は、インタビューの場で初めて自分の気持ちを言葉にする、ということが起こり得ます。日常生活の中で抑えてきた感情が、語りの中で予想外に噴出することがあるのです。
これは研究にとって貴重なデータですが、同時に対象者にとっては大きな負担になり得ます。研究者として、以下のような備えをしておく必要があります。
・沈黙が長くなったとき、焦らず待てるよう心の準備をしておく
・ティッシュや飲み物を手の届く場所に置いておく
・必要に応じてインタビューを中断・中止できる旨を事前に伝えておく
・インタビュー後のフォロー体制(相談窓口の案内など)を組んでおく
場所の選び方
インタビュー場所の選択は、患者家族の場合さらに繊細な問題になります。
自宅は語りやすい環境ですが、まさにそこが介護の現場であり、感情と強く結びついた空間です。語りが深まりやすい反面、負担も大きくなり得ます。
病院の面談室は静かでプライバシーが保たれますが、家族にとっては「説明を受けた場所」「悪い知らせを聞いた場所」という記憶と結びついている可能性があります。
場所の選択肢を対象者自身に委ねること自体が、一つの準備であり配慮です。「ご都合のよい場所で構いません」と伝えつつ、いくつかの候補を提示するのが現実的でしょう。
倫理的配慮の説明の仕方
看護研究では倫理審査を経た上でインタビューを行いますが、同意書の説明の仕方一つで、対象者の構えが変わります。
「いつでもやめて構いません」「お答えになりたくないことは答えなくて結構です」といった言葉は、安心材料になる人もいれば、「そんなに大変なことを聞かれるのだろうか」と身構えさせてしまう人もいます。
形式的な読み上げではなく、対象者の反応を見ながら、安心感につながるような説明を心がける。この説明の「仕方」まで含めて、事前に準備しておきたいところです。
ナラティブインタビューと半構造化インタビューの接点
ナラティブインタビューは「自由に語ってもらう」手法ですが、患者家族を対象とする場合、完全に自由な語りだけでは物語が生まれにくいこともあります。語りの入口を設計したり、沈黙の後にさりげなく促したりする行為は、半構造化インタビューの要素に近づいていきます。
実際のインタビューの現場では、ナラティブと半構造化の境界は曖昧です。重要なのは手法の純粋さを守ることではなく、対象者が自分の言葉で語れる環境を整えること。その意味で、半構造化インタビューの技法を知っておくことは、ナラティブインタビューの準備にも役立ちます。
看護研究 半構成的面接法 インタビューの仕方
まとめ
患者家族へのナラティブインタビューで最も大切な準備は、「この人はまだ自分の物語として整理できていないかもしれない」という前提に立つことです。
語りの入口を設計する、家族の立場による違いを想定する、感情の揺れに備える、場所を選ぶ、倫理的配慮の説明を工夫する。これらはすべて、「対象者が安心して、自分の言葉で語り始められる条件づくり」に向かっています。
インタビュー本番の技術も大切ですが、それ以前の準備で語りの質は大きく変わります。とりわけ患者家族という、語る立場そのものが曖昧な対象者に対しては、準備の丁寧さがそのままインタビューの豊かさにつながるはずです。
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